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和とろんについて

はじめまして|私たちについて

院長|佐藤大輔のご紹介

はじめまして!!

和とろん院長の佐藤大輔です。
バイク事故をきっかけに命を支える仕事がしたいと決意し、柔道整復師・鍼灸あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得。これまで埼玉で6年、東京で15年、臨床の現場にたって参りました。
趣味は料理で、休日は息子の野球部のトレーナーや、東京の治療院で技術指導をしています。

前職の東京の治療院では内臓疾患、運動器疾患、難病治療の方も多く訪れ、高齢者から子ども、医師やアスリートまで幅広い方々の多様な症例と向き合いながら、患者様と二人三脚で歩んできました。

お手当ては『二人三脚』

私はこの『二人三脚』という言葉が大好きです。お互いに息を合わせて歩む、この調和の感覚は、私のお手当てのベースになっています。この『二人三脚』で共に病に向き合った、数例をご紹介しましょう。

ある女性のお話です。
「病院に3年通い、薬を使っても治らない」が、最初の言葉でした。全頭型円形脱毛症を抱え、病院でステロイド、軟膏など様々な処置をしても一向に症状は改善していませんでした。

初めは、はりきゅう治療に対する信頼は高くありませんでしたが、3回目のお手当ての時、鏡の様に艶々であった頭皮に(鏡面状といい脱毛時の特徴的な初期段階の皮膚の状態)薄っすらと産毛が生えていました。「少しずつだけど、しっかり前に進んでいる」と言うと、はじめて笑顔を見せてくれました。
それからは、日常での過ごし方、食事、毛髪のケア、運動、感情のコントロールと様々な提案に一生懸命に応えてくれ、徐々に頭皮の全面に毛髪が生えていきました。
ある日彼女が「仕事で東海地方に行くことが決まった」と伝えてくれた時には、8割改善していました。

それからは、東京で仕事がある際に治療を受けに来てくれました。久しぶりの来院で受付に待つ彼女を診察室に案内すると、いつもの様に「ウィッグ取ろうか」の言葉が届かなかったのか、ニコニコしながらこちらを向くだけの彼女。「どうしたの?」と聞くと「ウィッグつけてません」

笑みが溢れる彼女は、僅かに目を潤ませていました。「今日は肩が凝ってます(笑)」この日の来院が彼女の脱毛症治療の卒業となりました。

次は、ラムゼイハント症候群を抱えた女性のお話です。同じ病で来院された男性の紹介で来院されました。

「病院で『あなたの顔は笑うことはできないです。これ以上は変わりません。』と言われ、もう笑えないと言われたことが、つらいというより悔しいです。」と話してくれました。
「Aさんは、笑うことを顔だけで行っていると思いますか?Aさんの心はどこに置いて来てしまったのですか。」という話から、治療が始まりました。
病気のために息子さんの結婚式を1年延ばしてもらったことに罪悪感があり、治すために必死で複数の病院に通い、頑張ってきた彼女。自分を追い詰めているように感じられました。そこで、「病気を治すことは私に任せて、疲れを取りに来るつもりで来院してみてはいかがですか」と提案すると「リラックスしてもいいのかしら」と初め戸惑いつつも、少しずつ力が抜け、思考もポジティブになり趣味の話もできるようになってきました。症状の顔の麻痺も普通にしていれば、誰も気が付かないレベルになり、十分にやさしく微笑む表情を作ることができるようになりました。
そうして、無事に息子さんの結婚式を迎えにこやかに写っている写真を持って「幸せは人に分かち合うと倍になるのよ」ととても嬉しそうにご報告頂きました。

今度は20代女性のお話です。
バセドウ病の方で、病院では、この病は治らないから、症状を抑えるための薬を服用し続けなければならないとわれ、この先ずっと薬に頼らなくてはいないことに対する強い不安を抱かれ、減薬のために来院されました。
病気のストレスに加え、仕事も忙しく、体力があるがゆえに自分の疲れに無自覚でいる様子だったので、「身体の冷えや、呼吸が苦しくなっていないかなど、身体の状態に目を向け、疲れを感じる前にしっかり身体を休ませよう。日々の疲れを解消する自分へのご褒美の気持ちでお手当を受けに来てください」と伝えました。しばらくすると症状も落ち着き、5年間の通院で検査結果も一番良くなり「病院の先生から減薬していいでしょうと言われました。先生と出会えてよかった。」と非常に喜んで報告しに来てくれました。

20代の男の子のお話です。
朝起きると突然手をパーの形に広げることが全くできなくなり、グーをしようにも力が入らない。病院では原因不明と言われたとのこと。そして3週間後には、父親とバイクで日本縦断に行く約束があるとのことでした。初診では、仕事や、ライフスタイルなど、話を丁寧に聞くことから始まり、原因を探っていきました。
「君の身体の回復力のすごさを2人で信じることから始めよう」と治療をスタート。提案したリハビリは必ずやる、身体を休ませる事もリハビリの一つとしてしっかり取り組むなど約束して、治療に来れる時間にはしっかり治療を受けに来てもらいました。手は徐々に動くようになり、まずは自転車で試運転、そしてバイクで日本縦断に旅立つことができました。
戻ってから写真を見せてくれ、「症状の改善だけでなく、食事の栄養面や、疲れた時の身体のサインや癒し方など教えてもらえたことで、これからの健康不安が取り除かれた」と、報告してくれました。

突発性難聴の男の子のお話です。
難聴に気が付いたのは、来院の半年前。耳は聞こえるが、音がこもる。耳かきしても、あくびをしても鼻をかんでも変わらない。耳鼻科では難聴と言われ、ステロイドを飲んだり、マッサージを受けたりしたが、やはり症状は変わらない。仕事への気力もなくなってしまったとの事で、ご友人の紹介で来院されました。
初めは、はり治療に疑いのある様子でしたが、徐々に良くなり5カ月後に完治。最後の来院時「これで治療卒業です。」と伝えたら、そう言われるのではないかと思っていたそう。「難聴という症状が出たおかげで、健康を守る意識が高まったかもしれないね。」とお話しすると、「自分の健康の事、はりという頼れるものに気が付けて、生きやすくなりました。これからははりが必要な時にまた連絡します。」と話してくれました。

10代の女の子
医師の父親の紹介で来院。翌日バレーボールの試合をひかえ、足がガクガクして歩けないという症状で来院されました。丁寧に話を聞くと、副部長としての責任感で強いストレスがかかっている様子がわかりました。
いろいろな話に耳を傾けながら、施術でストレスを緩和し、全身の緊張をほぐしていきました。
その後は試合に出て、快進撃を遂げたそうです。

「症状」ではなく「人」を診る。

私が思うに、これらはただ単にお手当てをしただけでは到底成し遂げられなかった結果です。
ご本人が『身体を治したい』と決意し来院した時から、丁寧に症状と向き合っていくプロセスを互いに共有し、理解し合い、症状が消えた先の目指す未来に向けて一緒に進んでいこうとする信頼関係、それが土台にあったからこその『二人三脚』で相乗効果をもたらすことができたのだと思うのです。
『二人三脚』は、協働作業です。充分な問診や会話を通じて、「症状」を診るのではなく、「人」を診るお手当てを和とろんでは提供していきます。

最後に

私達には美味しいものを食べたい、恋をしたい、勉強したい、遊びたい、趣味を楽しみたい…。
など、多くの願いがありますが、その前提条件になるのが、平和と調和だと思います。

地球から無償で与えられている空気や水、太陽の光など自然の恵みに感謝し、そして地球へ豊かさを還すという、大きな視点で考え選択し続ける事が、私たちの安心、平和と調和に繋がると感じます。

地球から人、人から地球。人から人へ。平和と調和の心で一つ一つ選択し、多様性を楽しむ共存共栄の豊かな社会を創れたらどんなにか、みなが幸せな社会が実現するのだろう。一人一人の選択で、自由に創造していく先に、そんな未来が待っていると思うのです。

副院長|佐藤文のご紹介

自己紹介

こんにちは。佐藤文(あや)です。
夫、子ども、秋田犬、3人と1匹家族です。2024年4月に千葉県から長野県に移住しました。
好きな音楽は、藤井風。学生の時以来、だいぶ久しぶりにCDを買い移住先を探す車中でずっと流していました。

学生時代1年間フランスの地方都市に留学しホームステイを体験。退職されたご夫婦の家で、自分たちで育てた新鮮野菜を使い、前菜からデザート、ドレッシングやジャムも全部手作りの絶品フルコース。日本人留学生のために、白菜も育てていました。疲れは全部食事で癒されました。今考えるとあの時の自給自足的な素敵な体験も、移住に影響しているように思えます。

卒業後は国際協力NGOに就職し、栄養改善のための果樹植林、養蜂や有機農業を促進するといった仕事に打ち込んでいました。充実していたものの身体はボロボロ。仕事で行ったバングラデシュでアーユルベーダに出会い、東洋医学の道を志しました。鍼灸あん摩マッサージ師の国家資格取得後は、介護施設にて、拘縮予防やむくみ解消、可動域を広げる機能訓練のマッサージなどを行っていました。

呼吸法 -副作用のない万能薬-

かつて私は、ガチガチの首肩コリ、目の疲れもひどく、ドライアイ、歩くと股関節が痛い、胸郭出口症候群など、常に痛みや不調があるのが当たり前で、健康不安を抱えながら過ごしていました。
何とかしたくて養生気功インストラクターとなり、呼吸法に出会いました。呼吸法は、自律神経の調整、血液循環促進、内臓の働き向上、ストレス緩和、免疫力向上など、さまざまな効果があります。
ですが、はじめは身体のひどい痛みばかり気になって、なかなか変化もなく何度もくじけそうになっていました。

少しずつ呼吸筋がゆるんで、大きく深く呼吸できるようになってくると、体はどんどん軽く楽になっていきました。氷のように冷たかった手や足先がぽかぽかするようになり、胃腸や生理トラブルも減りました。
筋肉が緩むと、筋肉に支えられている骨が自然に正しい位置に戻り、姿勢も整い、歩き方も変わって股関節の痛みがなくなりました。無理やりではなく、力が抜けた状態で姿勢が良いので、長時間同じ姿勢でいても、疲れにくくなりました。

気がつけば、絶対治らないと思い込んでいた頑固なコリや不調が、嘘のように1つ残らず消えていたのです。不調を感じても、呼吸法をすればシャキッと爽快に治ってしまい、症状を長引かせることが一切なくなりました。
呼吸法のおかげで、若い時よりも身体は調子が良く、産後の不調もなく、子どもの抱っこや、多少重い荷物を持っても、腰痛を感じることもありませんでした。

軽い不調の段階で自分でケアし、それ以上悪化させることがないので、健康情報を集めたり、あれこれ心配に費やす時間やお金を、自分が本当にやりたいことに集中できるようになりました。呼吸法で人生が180度変わったといっても過言ではありません。

現在、痛みや不調が当たり前、治ることなどないとあきらめている方、将来の健康が心配という方にはぜひ「副作用のない万能薬」自分で自分をケアできる呼吸法を、一生の宝物として身に付けていただけたら嬉しいです。
*症状が強く出ている方、複数の症状を抱えている方、治療が必要な方、余裕がないという方は、はりきゅう・マッサージ施術で身体を整えることをまず優先して頂き、次に呼吸法を併用されると、効果を実感するタイミングが早まり、相乗効果が期待できます。

医食同源、自然と生きる「アナスタシア」、「パーマカルチャー」そして、移住

子どものアトピーを食で治し医食同源を実感したこと。鍼灸仲間から紹介された書籍「アナスタシア」を家族で繰り返し読み、自然と共に生きる大切さを教わったこと。これらがきっかけで学び始めたパーマカルチャーは、移住を決意する大きなきっかけになりました。

100%消費するだけ、何も生み出さない暮らしから、自然に触れ、できる範囲で生産し、多様な命を育む暮らし。生きとし生けるものたち、子どものまたその孫たちに、豊かな土や環境を残す安心と嬉びの暮らしへ。
パーマカルチャーの実践に向け、志を同じくし応援し合える仲間や、ご縁を頂いた方々に支えられ、私たちの小さな一歩が、自然豊かで美しい武石で始まりました。

最後に

移住に創業にと、初挑戦の毎日ですが、和とろんを必要として下さる皆さまや、ご縁を頂いた皆さまに喜んでいただけるよう、日々の暮らしを楽しみながら、一歩また一歩と進んで参りたいと思っています。ブログも初挑戦、普段は緊張しいなので、読みにくい、聞きにくい時は、どうか笑ってお許しを。

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